原田禎夫(大阪商業大学公共学部)
今年7月1日から5日にかけて、ペルーの首都、リマのペルー・カトリカ大学(PUCP: Pontificia Universidad Católica del Perú)を会場に、第17回国際コモンズ学会が開催された。大変遅くなったが、この大会に参加したレポートをお届けしたいと思う。
国際コモンズ学会(The International Association for the Study of the Commons (IASC))は、2009年のノーベル経済学賞を受賞した故E.Ostromらによって1989年に設立された。国際学会は2年に一度開催されており、2013年には日本の山梨県北富士地域でも開催されている。
国際コモンズ学会ウェブサイト(英語)https://iasc-commons.org
さて、開催地のペルーの首都リマに向かうため、G20大阪サミットで厳戒態勢の関西空港を出発したのが6月29日の夕刻であった。
ずらりとならんだ各国の政府専用機を眺めながらの離陸は、航空ファンの筆者にとっては楽しい経験でもあった。下の写真は出発待ちの機内から撮影したものであるが、左はエジプト、右の2機はトルコの政府専用機である。
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写真1 出発待ちの機内から。左はエジプト、右の2機はトルコの政府専用機である。
出発直前に体調を崩してしまっていたこともあり、機内では寝てばかりいたが、それでもロサンゼルスを経由して30時間のリマまでのフライトは、文字通り「遠くへ来たなあ」というものであった。
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写真2 リマの旧市街の街並み。
日本と季節は逆で秋に向かうとはいえ、赤道に近いリマである。しかし、南極からの冷たい海流が流れており、夜などは晩秋のような厚手の上着が必要だったのは思いもよらないことであった。
学会中、エクスカーションで海辺へと出かけた友人によると、海水温は15度程度であり、ペンギンが生息しているのも納得した、ということであった。
さて、今回の学会でも、伝統的なコモンズ論、すなわち日本でいうところの入会(いりあい)のような共同的な資源管理に関する話題はもちろんのこと、気候変動や海洋プラスチック汚染、都市のコモンズといった現代的な課題も多く取り上げられていた。
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写真3 国際コモンズ学会での基調講演。
海洋の環境保全の話題ではプラスチックごみも話題にあがっていた。
中でも、印象的だった議論のひとつが、ドローンによる空間利用である。
筆者が参加したテクノロジーとコモンズに関するセッションでは、まさにその問題が議論されていた。かつて、人の支配のおよぶ空間は、当然ながら我々の生活空間である地上だけであった。それが航空機の登場により国家の支配する「領空」という概念が生まれ、さらには宇宙空間をどう考えるのか、ということが歴史的に議論されてきた。
では、ドローンの飛行する空間を我々はどう考えたらいいのだろう。
ドローンが飛行する中低空は、現代ではいうまでもなく国家の主権のおよぶ「領空」である。が、個人や企業などの間の関係性において、果たしてそれはどうであろうか。たとえばみなさんの自宅の上を誰かが勝手にドローンを飛ばしたとして、それははたして「不法侵入」といえるのか?を考えると分かりやすいだろうか。
この問題は、まだまだ議論が深まっていない分野でもある。たとえば日本国内においては、ドローンの操縦に特に公的な免許は必要ではない。民間が提供している操縦士の研修やライセンスもあるにはあるが、法的にそれが必要とされるものでもなければ、国家資格でもない。また、重さ3kg以上のドローンについては、人口密集地など特定の地域は航空法の規制対象とされているが、それでも届出によりドローンを飛ばすことは誰でもできる。3kg以下のいわゆるトイ・ドローンについては何の規制も受けない。
我々研究者が、なんらかの研究目的でドローンを飛ばすにせよ、それは一体「誰」の「許可」が必要で、そもそもどのくらいの高度までそれが求められるのか、実はその議論はまだまだ十分ではない。つまり、ドローンの登場によって、新しい「共的な空間」が突然我々の社会に現れたのである。
最近、サウジアラビアの石油精製施設が何者かによりドローンで攻撃され、同国は原油産出能力の半分を失った。わずか数百万円と推定されるドローンが、何百億円もかかる迎撃ミサイルや戦闘機による防衛システムをまったく機能させることなく、精密に誘導され爆撃に成功したことは、世界に大きな衝撃を与えた。
技術の進歩により、誰でもが簡単に「中低空」という空間を自分のもののように利用できる時代が幕を開けたのである。この空間を、誰がどのように管理すべきなのだろうか。コモンズ論はよく「古くて新しい問題」だと例えられるが、果たしてこの共的な空間の管理に、我々はこれまでの先達の知見をどう活かすことができるのだろう、と考えさせられたセッションであった。
さて、今回の国際コモンズ学会に参加して、筆者は現代のテクノロジーの恩恵も受けた。リマでは、配車アプリ「Uber」が広く普及しており、ホテルから大学までの移動も、日本人研究者のみなさんとUberを利用したが、スペイン語がまったくわからない中でも安心して(そして安く)利用できるとみなさんも喜ばれていた。
ところが、好事魔多しである。自身が報告する(そして座長をつとめる)セッションに向かう朝、Uberで呼んだタクシーがなかなか来ず、会場入りがギリギリとなってしまった。しかし、大慌てで車を降りたのがいけなかった。ふと気づけば、財布がない!治安があまりよくないといわれるペルーである、普通ならここで諦めるしかないのだが・・・。
しかし、Uberはこうした時にもちゃんと対応策が用意されている。スマホのアプリからドライバーに直接電話できるのである。ただ、ここでもう一つ問題発生である。肝心のドライバーに連絡するための方法が記されたサイトはスペイン語版しかないのである。
そこでアプリではなく、ブラウザで同社のサイトにアクセスし、自動翻訳の力を借りてなんとか電話をかけることに成功したのだが、今度はドライバー氏が「ごめん、英語は苦手なんだ」と。とりあえず、何度かのやり取りの後、何かを車の中に忘れたらしい、ということは伝わったようで「あったぞ!」というようなことを、スペイン語で言っているようである。
たまたま近くにいた、学会の運営補助にあたっている現地の学生さんたちに通訳の助けを求めると、快く電話を代わってくれ、「財布があったから、ドライバーさんが届けてくれるそうですよ!」とのことである。待つことしばし、財布をドライバー氏が届けてくれ、手もとに戻ってきた。
ちなみに、タクシー車内での忘れ物が見つかってドライバーが届けてくれた場合、チップをシステム上で支払う必要がある。一方、ドライバーが忘れ物を盗んでしまった場合には、逆にドライバーが大きなペナルティを受けることになっている。そしてそもそも、ドライバーと乗客の相互が評価を受ける仕組みになっている。
世界各地で既存のタクシーとUberのような配車アプリサービスとの間で、トラブルも相次いでいるが、ただ便利で安いというだけではなく、こうした安心という無形のサービスも、Uber躍進のポイントの一つだろうと実感した。
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写真4 キックボードシェアリング。スマホで解錠し、どこでも乗り捨て可能。
また、リマ市内ではキックボードのシェアリングサービスを利用する人も多く見かけた。アメリカの都市部で始まったサービスであるが、自転車のシェアリングサービスのように、駐輪場の整備が不要な上に、気軽に使えることもあって、若い人を中心に普及しているようであった。
最後に、筆者自身が取り組んでいるプラスチックごみ問題についても触れておきたい。
今回の学会でも基調講演をはじめ、海洋プラスチックごみ問題に関する研究も多くみられたが、ペルーの町もまた脱プラスチックの取り組みが急速に進んでいることがうかがえた。
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写真5 バナナの葉でラップされたホウレンソウ。
たとえば、この写真は、スーパーの野菜売り場である。ホウレンソウの小パックはバナナの葉をラップの代用品として使っていた。正確にいうと、昔はバナナの葉が使われていたところにプラスチック袋が登場したので、元に戻ったというだけであるが。
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写真6 使い捨てプラスチックを使わない学会のランチ
学会のランチもご覧の通り、再生紙製の容器にガラスのコップである。使い捨てプラスチックは可能な限り排除されていた。
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写真7 リマ空港の売店でもエコバッグの使用を呼びかけるポップが掲げられていた。
使い捨てプラスチック使用量がアメリカについで世界第2位の日本、このままでは脱プラスチックの世界的な流れに取り残されてしまうのではないかと感じる場面も多かった。
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写真8 飲食店が並ぶリマの裏通り
人々は陽気で親切で、食事も美味しく、歴史的にも日本との関係も深いこともあるからか、初めての南米ではあったがどこか懐かしい感じもする旅であった。
次回の国際コモンズ学会は2年後、2020年に米アリゾナ州立大学で開催される。学問分野を超えてさまざまな分野の研究者が一堂に会する珍しい学会でもある。ぜひ、みなさんも参加されてみてはどうだろう。
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