西田 一雄

 趣味や楽しみ方にはそれぞれの個性が出るといわれています。環境コンサルタントの第一線から退き、人生楽しみながら有意義な日常を送れる事を期待しています。
 京都に生まれ、京都で育ち、北海道室蘭で土木工学を学んだのですが、なぜか環境の方にシフトしてきました。昨今の地球温暖化による災害や環境危機は、土木と環境の双方からのアプローチが必要な事態になっています。温暖化防止と減災対応は不可欠な課題ですが、CO2削減の有効な対応ができていないことから災害は激甚化する一方です。とはいえ、日常の楽しみも無視しがたい課題です。今回は、最近の楽しみ方に関してお伝えします。

 京都盆地は、大きな地下水盆の上に築かれた土地柄、地下水が豊富な地域です。地下水は古くから生活用水、産業用水に活用されてきました。ご存じのように、地下水の豊かなところは、「お酒」の産地としても有名になります。平安京の時代より、多くの人が生活し、古くから歴史文化の豊かな地域として注目されてきました。水とのかかわりは、お酒だけでなく、おいしい豆腐、お菓子、茶道にもつながっています。こうした歴史文化の多くが、市内に存在する社寺仏閣や行事、祭りにも関連して生活に彩を添えています。
 もう何年になるかは記憶に定かではありませんが、春、秋に市内では、「公益財団法人京都古文化保存協会」による京都非公開文化財の特別公開が毎年開催されています。普通は非公開の仏像や建築物、庭園等が一般に公開され、解説付きで案内をしていただけます。近年は、この文化財の拝観を楽しみに過ごすのが趣味になりました。今年の春は15か所が公開され、その中にお酒の神様で知られた「松尾大社」があったので早速拝観に出かけました。

写真1:松尾大社の境内図

 松尾大社(写真1)は、京都の中央に位置する東西の道路、四条通の西端にある京都最古の神社で、太古から住んでいた土着民が、松尾山の神霊を祀ったのが始まりです。その後、渡来民の秦氏が移住し、川を治めて山城、丹波を開拓し、農産林業を起こしました。そのころから松尾の神を秦氏の総氏神とし、文武天皇の大宝元年(701年)に社殿を現在の位置に造営されたとされています。秦氏の富が活用されて、平安京の遷都が実現したともいわれ、当時から皇室とのつながりが強く、正一位の神階を受け、賀茂両社と並んで皇域鎮護の社とされています。また、古来より開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の守護神として仰がれ、特に、醸造の祖神として全国の酒造家、味噌醤油等の製造、販売業者から崇拝を受けています。公開は、境内一円と神像館、松風苑(上古の庭、蓬莱の庭、曲水の庭)です。残念なことに、日本最古の神像彫刻は、一般公開展示のため訪問時には京都文化博物館に移動しており実物大の写真しか見ることができませんでした。しかし、社殿は、中まで入ってみることができました。社殿は、「松尾造り」と称する2段の檜皮葺で、桁行3間、梁間4間の特殊な両流れ造りとなっています。一般には拝殿側の軒を長く造るのですが、ここでは同じ長さの軒になっているのが特徴だそうです。松風苑の3つの庭は、いずれも昭和に作られた、四国吉野川から運んだ石で作庭された昭和の庭(重森三玲氏作)ですが、200個の石の造形は見事で見るものを感動させます。このうち、曲水の庭(写真2)では、和歌を詠む曲水の宴も開かれるそうです。

写真2:曲水の庭

また、蓬莱の庭(写真3)は、池泉回遊式の庭で、訪れる人を穏やかに癒してくれる景色です。

写真3:蓬莱の庭

 酒の神と崇められるので何か井戸があるかと探すと、社殿の奥山から流れる川があり、霊亀の滝(写真4)とその近くに亀の井(写真5)がありました。

写真4:霊亀の滝(画面奥)
写真5:亀の井

 この亀の井から湧く水を酒の元水として混入することで良い酒ができると今でも活用されているようです。近所の住民や業者の人がその日もポリタンクで汲みに来ていました。酒以外にも「延命寿命」、「よみがえりの水」としても有名なようです。

 入口の楼門近くには、「お酒の資料館」(写真6)もあり、お土産と一緒に、お酒の事が学べるエリアとなっています。この資料館に展示された松尾大社に伝わる「酒由来之事」(写真7)には、神代の昔、八百万の神が集まられた時、お酒がなかったので松尾の神が一夜にして酒を造り神々に振舞われた時に、神々はおいしいと大変喜ばれたと、記されているそうです。

写真6:「お酒の資料館」内部の様子
写真7:「お酒の資料館」にある松尾大社と酒造りのいわれ

 また、「造酒之神と云所謂書」(天保5年・西暦1834年)には、松尾の神が、社殿背後の御手洗谷から湧き出た泉の水でお酒を醸し、我を祀れば、長寿と福が増長、家門繁栄して、と告げられたことから、各地の酒造関係者が泉を汲んで持ち帰り、酒を造ったといわれています。こうした風習が伝えられ、江戸時代には、酒造りの心得「造酒方表五ヶ条之事」が書かれています。
 よくお酒談義はするものの、その発祥やいわれについては知らないままでした。こうした文化財の拝観で一層お酒の楽しみ方が広がったように思えました。旅行先や出張で地方にいけば必ず地酒があり、お土産に300mlの地酒を買うことも楽しみになりました。飲み終わった瓶から酒のラベルをはがして収集するのも趣味になりました。全国津々浦々に地酒があり、それぞれの個性ある味覚を醸造していると思うと、本当に味わいたいと思っています。小さな楽しみですが尽きることはありません。多分一生に飲める銘柄もごく一部と思いますが、永遠の楽しい課題です。京都の文化財を楽しみながら次回の非公開文化財の特別公開を期待しています。

 さらに、京都の伏見にも全国的に有名な酒造メーカーの蔵が立ち並んでいます。こちらも多くの名水井戸がありますが、大規模です。伏見地区一帯に10か所ほど名水井戸があり、現役で活躍しています。その井戸の近くに御香宮神社があります。こちらは、酒の神さんではなく、よい香りのする地下水として安産、子育ての神様として崇められています。よい地下水が、よい酒を造る源ですが、いろいろな文化、歴史的いわれに繋がっているのが面白いです。これからも水に関連した歴史文化を味わい、深めていきたいものです。

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