足立 考之

 少し、古い話となって恐縮だが、この記事は「環境用水研究会」仲間と現地視察した頃(2010年頃か)のメモと写真を引っ張り出して加筆修正したものである。なお、文中に「⇒」の記号があるのは、メモを再現したことによる。

 最上川と言えば、松尾芭蕉であろう。「五月雨を‥」とよんだ句はあまりにも有名である。視察先は、①山形市の歴史的遺産・山形五堰、②グラウンドワーク活動が特徴的な寒河江用水、③さらに県下ワースト1の汚濁問題を解消した酒田市街の小牧川、の3箇所を探訪した。いずれも最上川の流域にある。山形と寒河江は山形盆地に、酒田は庄内平野に位置している。(注:写真はすべて、「環境用水研究会」の提供である)。

① 山形五堰(山形県山形市)
⇒山形五堰(やまがたごせき)は、5つの堰(笹堰、御殿堰、八ヶ郷堰、宮町堰、双月堰)とそこから流れる用水の総称である。詳しく言うと、農林水産省の農業水利事業によってそれまで個々に取水していた、5つの取水口をひとつに統合した農業水利施設である。2006年2月22日に疏水百選に選定、2023年11月4日に世界かんがい施設に登録されている。一部区間では昔ながらの石積みに整備された御殿堰(写真1)のように親水空間の整備がなされている。その一方、暗渠となった水路も少なくない。

写真1:昔ながらの石積みに整備された御殿堰(山形市)

⇒約400年もの歴史をもつ山形五堰で取水された流れは市街地を網の目のように縫って流れる。やがて下流の農地へ達するが、その途中、街なかの水路や水辺空間は、市街地の商店街や官庁街に潤いをもたらしている。バイカモやホタルが鑑賞できる全国的にも稀少な市街地として知られている。

⇒水源については豪雪地帯特有の話がある。冬の積雪、春の融雪があり、山麓の溜池群が重要な役割を果たしている。したがって春先の雪解け時季の溜池管理が水利の要諦をなしている。

② 寒河江用水(山形県寒河江市)
⇒寒河江市の市街地を流れる沼川は、いまでは親水整備(写真2)がなされているが、かつて山形県内の河川水質ワースト2となった河川である。寒河江川にある頭首工(高松堰及び昭和堰)から取水した農業用水(0.2㎥/s)を注水し沼川の水質改善がなされた。

写真2:親水整備された寒河江駅周辺の沼川(寒河江市)

⇒寒河江川と沼川の二つの川をつなぐ流水路(二の堰幹線用水路)にも親水整備がなされていた。発電装置のある水車小屋(写真3)が建設された。農業用水路の一部を親水公園化してまちづくりへ寄与し、また農業用水の環境利用がインフラ機能拡充を促す契機となった。

写真3:親水機能をもつ二の堰幹線用水路の景観と、発電水車(寒河江市)

⇒さらに、グラウンドワーク(※1)が有名であり、水路に沿って多彩な演出が施されている。たとえば、サクランボ畑のそばの親水公園には、子供たちに人気の河童のオブジェ(写真4)が佇んでいる。さらに進んだ先にある前述の水車小屋(写真3)や水路が見えるように設計された自然水族館など、年齢を問わず誰もが散策を楽しみよう演出がなされている。その先は住宅街だが、小学校のそばをさらさらと流れる用排水分離の水路も、花に彩られていた。

写真4:子供たちに人気の河童のオブジェ(寒河江市・二の堰幹線水路沿いの親水公園)

③ 小牧川(山形県酒田市)
⇒酒田市の小牧川(写真5)は、山形県内の河川水質ワースト1(1996年から4年連続)」となったことから、水質改善が求められた。そこで、最上川にある農業用の草薙頭首工から取水した農業用水(非かんがい期における水路維持用水)の放流先をそれまでの新発田川から小牧川に変更した。農業用水(0.3㎥/s)を環境用水として注水することで水質改善を図った。土地改良区が環境用水導入に積極的に動いたことが水質改善の成功要因となっている。くわえて地域住民の主体的な浄化活動に行政が連携した点が挙げられる。川が地元小学校の環境学習や総合学習に組み込まれ、多くの住民が川や水の浄化に関心を寄せた。それぞれの水路の景観にはその地域の人々の思いが映し出されていた。

写真5:親水整備された小牧川を視察中の筆者(コートを着た男性)

■蛇足3題

(1)映画「おくりびと」
映画「おくりびと」のロケ地(酒田市)も通った。(ネット検索によると)ここは施設名も映画の設定と同じ「NKエージェント事務所(旧割烹小幡)」で、聖地巡礼スポットとして人気という(写真6)。

写真6:酒田市の映画『おくりびと』のロケ地前にて(同行者の一人を主人公に見立てたところ)

(2)月山を想う
 図らずも今回は「水の百選」をめぐる旅となった。まずは「疏水百選」、2006年に農水省が日本農業を支えてきた代表的な用水をえらんだ。そのなかに、山形五堰と寒河江用水がふくまれている。つぎは「ダム湖百選」である。2005年に制定された制度で、所在する地方自治体首長の推薦を受けて財団法人ダム水源地環境整備センターが認定するダム湖のことである。最上川水系の寒河江川上流には寒河江ダムがあり、展望台からのぞむ月山湖がダム湖百選に認定されている。その推薦者である地元の西川町自体が「水の郷百選」(国土庁(現・国土交通省)が1996年に選定)に選ばれている。さらにつけくわえると、月山湖という名の大本となった月山は、湯殿山、羽黒山とともに出羽三山と呼ばれる修験者の地であり、作家森敦62歳のときの傑作、1974年第70回芥川受賞作品の小説「月山」のモデルとなっている。この名山は深田久弥の「日本百名山」のなかに数えられている。豪雪地帯が刻み込んだ数々の百選にふれる旅であった。

(3)乗り鉄からみると
 同行した仲間の一人が乗り鉄である。その仲間がいう鉄道事情によると、山形駅と酒田駅を結ぶ直通列車はなく、この間の移動は陸羽西線経由で、116.7km、およそ2時間10分の行程となる。この陸羽西線は山形県を一つに結ぶ貴重なローカル線(新庄駅と羽越本線の余目駅を結ぶ地方交通線)で、全区間非電化である。ほぼ最上川沿いに走る路線で、月山や最上峡を眺めながら移動することができる。ローカル線ならではの旅情をそそられ至福の時を過ごせる。今回はレンタカーの移動であったが、機会があればローカル鉄道の旅も一興であろう(ただし、2024年9月時点で、陸羽西線は、並行する高規格道路の建設工事のため、長期運休中とのことである)。

■あとがきに代えて。

1.視察の発端については「用水路探訪・水辺の365日」(本サイト2020年10月掲載)に詳しいが、その要点だけをつまみ出すと、

①我が国の農業用水路は地球10周分。大地に毛細血管のように張り巡らされた水路網の総延長は40万kmにおよぶ。その長さは10万kmといわれる人間の毛細血管のそれをはるかにしのいでいる。春夏秋冬、全国津々浦々にさまざまな恵みをもたらしてきた、このような歴史的意義のある用水路の現状はどうなっているのか、「春の小川はサラサラ流る、岸のすみれやレンゲの花に…」とうたわれた風情は、今どのようになっているのか。
②2005年1月のこと。六郷堀・七郷堀(宮城県仙台市)が全国初の環境用水の水利権を取得し、農業用水路の冬水を取り戻した。これを受け国土交通省は、2006年 3月に「環境用水に係る水利使用許可の取扱い基準」を策定し、「環境用水に係る水利使用許可の取り扱いについて」を通達している。
③これを機に、河川管理との狭間で課題山積とされていた農業用水の365日通水がキーワードとなって、その環境的利用についてイッチョガミしてみたいと思うようになり、勉強仲間と各地を視察した。

2.視察先のいくつかは、環境用水研究会として、雑誌『環境技術』の水紀行「環境用水万華鏡」(2011.2~2014.4)に掲載した。そのラインナップは次の通り。参考としてほしい。
(1)山形五堰、寒河江用水、小牧川、2011年2月
(2)3.11被災地の環境用水、2011年12月
(3)生態系保全水路-堀板地区、2012年3月
(4)白虎隊の秘話と用水路―戸ノ口堰(会津若松市)2012年7月
(5)城下町.金沢の「水の景」―犀川と浅野川がはぐくんだ用水のまち、2012年10月
(6)マイクロ水力発電と農業用水―七ケ用水(手取川流域・石川県)、2012年12月
(7)田園都市の水辺ネットワーク―守山市域(滋賀県)2013年5月
(8)地域用水を守ったまち―金沢町の水路(滋賀県彦根市)2013年12月
(9・最終回)用水の多面的機能発揮の試み―立梅用水(三重県多紀町)2014年4月

※1「グラウンドワーク」…1980年代にイギリスで生まれた実践的な環境改善活動のことである。

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