大野智彦(名古屋大学)
10年ほど前から、ダム撤去に興味を持っています。私は卒業論文を書いている頃から1997年河川法改正後の河川整備計画策定における住民参加のあり方に興味があり、修士論文と博士論文でも具体的な対象やアプローチは変わっても、根本的な問題関心としては同じテーマを考えてきたつもりです。必然的に、ダムを造るか造らないかの議論を中心的に追いかけることになります。そうしたところ、熊本で荒瀬ダムというダムが撤去されるらしいというニュースを聞いて、一度現地を見てみたいと思い熊本県球磨川を訪れました。
荒瀬ダムは戦後の電力不足解消を目的として熊本県が建設・運営してきた発電専用ダムです。私が最初に訪問したときはちょうど撤去工事が始まった時期で、ゲートが全開になっており、かつてのダム湖の水位が大きく低下した様子がわかりましたが、まだある程度の湛水域が残っている状態だったと思います。その1年後、たまたま再び荒瀬ダムを訪れる機会を得ました。その時には既に右岸側の堤体の一部が撤去されており、部分的に流れが回復していました。ダムの上流側で前年には湛水域だった場所に、急流球磨川がよみがえっているのを見てとても衝撃を受けました。
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(2013年2月、筆者撮影)
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(2018年8月、筆者撮影)
実は最初の訪問時には、興味深い事例ではあるものの遠方だし(当時は大阪に住んでいました)、深く掘り下げて調べるのは難しいと思っていました。しかし、2度目の訪問時に、前年からの変化を目の当たりにして、ぜひ自分の研究として掘り下げたいと思いました。
その後数年にわたって年に1〜2回現地を訪れ、ダム撤去工事の進捗を観察しつつ、周辺住民の方にお話をうかがったり、荒瀬ダムが建設された頃の古い新聞記事を集めたり、調査を進めてきました。これまでのところ、一体どうしてダムを撤去するという決定がなされたのかという点について、以下のような論文にまとめてきました。
大野智彦,2016,「ダム撤去を通じて地域と河川の関係を再考する : 荒瀬ダム撤去の政策過程と社会的影響の解明に向けて」『社会と倫理』(31):181–199.
Ohno, T. (2019). Contextual Factors Affecting the Modes of Interaction in Governance: The Case of Dam Removal in Japan. In K. Otsuka (Ed.), Interactive Approaches to Water Governance in Asia (pp. 55–76). Springer Singapore.
Ohno, T. (2022). Advocacy Coalition Framework in Environmental Governance Studies: Explaining Major Policy Change for A Large Dam Removal in Japan. International Review of Public Policy, 4(4: 1).
さまざまな方から荒瀬ダムについてのお話をうかがってきた中で、私が強く印象に残っているのは、荒瀬ダム建設前の豊かな川の様子を体感し、荒瀬ダム撤去に向けて精力的に活動されてきた球磨川沿いにお住まいの方の言葉です。その方は、荒瀬ダムが熊本県の発展のために果たしてきた役割を肯定しつつ、「でももう50年たちましたって、だから地元に返してくださいと、そういう考えなんです」と荒瀬ダム撤去の根底にあった考え方を話してくださりました。そして、ダムによる河川環境悪化と地元の過疎化との関連性にも言及しつつ「もう(川を)発電だけに使うような、それをやめてくださいということだったんです」と振り返ってくださいました。
ダム撤去というと、どうしても撤去による河川環境や景観の劇的な変化へ目を向けがちです。しかし、その根底には「私たちが川や水をどう使うのか」という、より根源的な課題が問われていることに気づかされる、大切にしたい言葉をお聞きすることが出来ました。
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(2013年2月、筆者撮影)
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(2015年2月、筆者撮影)