若井 郁次郎(モスクワ州国立大学 地理・生態学部 講師)
立地と歴史が類似した二つの水都
日本の大阪市(以下、大阪という。)と、ロシアのサンクトペテルブルク市(以下、サンクトペテルブルクという。)とを選んだのは、そっくりの自然地形での立地にあることに注目しています。まず、二つの水都が似ている自然地形のあらましから紹介します。
大阪は、日本最大の湖・琵琶湖を源流とする淀川の75㎞下流の河口にあり、瀬戸内海の東端の大阪湾の湾奥に立地しています。一方、サンクトペテルブルクは、ヨーロッパ最大の湖・ラドガ湖から流れ出るネヴァ川の74㎞下流の河口に位置し、フィンランド湾の東端のネフスカヤ湾の湾奥にあります。両市ともに西側が内湾に面していることから、冬は海上を走る強い西風が市街地を通過します。
図1 大阪市とサンクトペテルブルク市の位置
二つの都市の大きさは、市域の面積で見ますと、大阪が221㎢、サンクトペテルブルクが1,400㎢であり、サンクトペテルブルクは、大阪の6.3倍の広さです。人口は、大阪が約268万人(2013年)、サンクトペテルブルクが493万人(2011年)であり、サンクトペテルブルクは大阪の約1.8倍です。面積と人口ともに、サンクトペテルブルクは、大阪よりも上回っています。
二つの水都は、現在の都市としての原形が造られたときから見ますと、大阪は豊臣秀吉が大坂城を築城し、城下町を造り始めた1583年、サンクトペテルブルクは、ピーテル大帝が建都し始めた1703年に起源をもち、いずれも外交政策の展開の要所として建設された臨海都市です。二つの都市は、海上交通の起点となり航路を増やし、伸ばしながら国内はもとより、国際交易・交流を中心とする港湾都市として発展してきました。しかしながら、河口に位置する両市は、冬の強い西風による高い波が河口に押し寄せ、船の離着岸だけでなく、堆積する土砂量が多く、水深を保つための浚渫を必要としてきました。こうした不利に打ち勝つため、都市内の大小河川沿いに河港が建設され、増える水運需要に応えるため、河川をつなぐ運河網が造られ、海上アクセスが便利になりました。これが、現在、両市に見られる河川・運河網です。
しかし、大阪は、1960年代のモータリゼーションによる市内中心部の交通渋滞の解消のため、多くの運河が埋め立てられ、道路に変わりました。ここに両市の水都景観の保全の考え方に違いが見られます。
図2 大阪のおもな河川と運河網
図3 サンクトペテルブルクのおもな河川と運河網
持続できる水都景観サービス
近代都市は、ますます高度に人工化し、自然度が少なくなりつつあります。このため、水のある都市空間は、都市居住の快適さを高めるうえで見直されつつあり、貴重な環境資源であるとする考え方や見方が広がっています。しかし、景観という視点だけでは、水都景観の保全の説得は弱いように思われます。
それには、自然環境から人間が長年にわたり持続して受けてきた有形や無形のサービスが、今後も持続して高い質で受けられるには、どのように位置づけ、どのように保全するかを考え、水のある都市空間の価値づけを行うことが重要になります。現在のところ、生態系サービスと持続可能な開発目標をより深く、具体的に明らかにしていくことが、一つの解決アプローチであると考えています。
都市内の水のある都市空間は、生態系サービスから見れば、「気候の制御」や「文化的サービス」がおもに相当するものであり、都市気候の緩和や人間への精神的なくつろぎをあたえてくれます。また、持続可能な開発目標から見れば、「住み続けられるまちづくりを」がもっとも近い開発目標になります。いずれにしても、現在から未来にかけて都市内の自然環境を守り、人間と自然との関係距離を縮めていくことが大切になります。言い換えれば、人間と自然とが対話できる都市空間を保全し、都市にうるおいを演出して人間性や都市文化度の持続性を高めていくことが求められている、といえます。
図4 生態系サービスの種類
注 日高敏隆編(2010)『生物多様性はなぜ大切か?』より引用。
図5 持続可能な開発目標(SDGs)
注 国連開発計画(UNDP)のHPより引用
二つの水都と水辺空間の利用
大阪とサンクトペテルブルクは、市内に多数の河川や運河があり、水辺空間に恵まれた大都市です。両市とも、水や生き物などの自然に接することができる豊かな水辺空間があり、都市空間の魅力を高めています。水辺空間の有無は、建物が林立する現代の大都市の魅力を左右するものといえます。
立地条件が似ている大阪のサンクトペテルブルクの水辺空間の利用の現状を具体的に見ましょう。二つの水都の水辺空間は、大きな観光資源になっています。しかし、水辺空間のありようは、大阪は混とんとしていますが、サンクトペテルブルクはすっきりしています。この違いは、都市計画の考え方によるところが大きいようです。つまり、大阪は、水辺に面して小さな建物が隣接しているうえ、看板や広告塔が個性的にあります。他方、サンクトペテルブルクは、大きな建物が整然とし、看板や広告塔がきわめて少ないようです。どちらの水都景観を選ぶかは、難しいところです。
(1)大阪 道頓堀川(著者撮影)
(2)サンクトペテルブルク Griboedova運河(著者撮影)
二つの水都の水辺空間の利用について、もう一つの事例で見ることにします。大阪は、堂島川の中に都市高速道路が造られていて、水辺空間の魅力を半減しています。他方、サンクトペテルブルクの河川や運河では、観光船やプレジャーボートの往来があり、観光客だけでなく、市民も船上からの都市風景を楽しんでいます。二つの水都における水辺空間の利用面から見ますと、サンクトペテルブルクは、生態系サービスをより多く受けているようです。
(1) 大阪 堂島川(著者撮影)
(2)サンクトペテルブルク Griboedova運河(著者撮影)
水都の水環境価値をどのように考えるか
巨大化する都市が地球や地域の環境におよぼす負荷を減らし、将来の快適な都市環境につながる自然度の高い都市環境づくりが求められています。その解決アプローチの一つとして水都の水環境価値を明らかにすることが必要になっているといえます。これまで水環境価値は、たとえば仮想評価法などが応用され、定量化が試みられています。しかしながら、想定による水環境価値を測ることは、必要ですが、事実とかい離しているようであり、説得性が弱いように思われます。また、上述したように、類似する都市の水辺空間の利用の現状を比べて考察することも重要ですが、水環境価値の一般化は難しいと思います。
それでは、どのように水環境価値を解明するか。たとえば、水都の水環境価値は、水辺空間の広がりと奥行きに加えて、水質の良さや、河川や運河で生活する生き物の種類の多さと生息数などを考えて、定量化あるいは指標化する必要があります。また、水辺空間の魅力は、人間の価値観による評価をも必要とするでしょう。なかなか困難な問題ですが、やりがいのある問題といえます。ここでは、水環境価値の解明の重要さを提起するにとどめますが、筆者は、今もこの悩ましい問題を思考実験しています。解決の光が見えるようになれば、改めて投稿しますが、皆さんも挑戦的に取り組んでいただければ、幸いです。
参考文献
- Wakai, I. (2018). Effect of Creating Environmental Value by Development/Regeneration of Sound Waterfronts in Major Cities: Osaka City as a Case Study, Policy Science, Vol. 25, No. 3, pp. 183-196, The Policy Science Association of Ritsumeikan University
- Wakai, I. (2016). A Comparative Study of Waterfront Use as Ecosystem Services in Saint-Petersburg and Osaka, Architecture and Engineering, Vol. 1, Issue 1, pp. 71-78
後記
この記事は、筆者が2014年8月~9月の2カ月、ロシアのサンクトペテルブルク市に短期滞在したときの見聞調査と、帰国後の国内調査に基づいています。また、帰国後、大阪市とサンクトペテルブルク市が姉妹都市であることを知りました。